星のない世界 紳士とアヒル


花降る渓谷

No.1 花降る渓谷

 

明るい渓谷だった。ここが岩に囲まれた空間だということを忘れるくらい。
岩も花模様のように鮮やかなうえ、谷の底には花が引き詰められ絨毯になっている。
その花の絨毯は、地上からまばらに投げ込まれたもので出来ていた。

 

地上へ登ると、何人かが渓谷へ花を投げていた。

ぼくは花かごを持った男に、なぜみんな花を投げているのか聞いてみた。
「ここはお墓なんだよ」

 

「と言っても誰かが死んだわけじゃない。どうしようもない思いのための墓さ。
たいていはもう会えない人を思って、みんな花を手向けている」


彼は慣れた手つきで花を渓谷へ投げた。

「お前にも一人二人はいるだろ。遠い過去に出会った人、もう二度と会えないだろう人、顔を思い出すのがやっとの人。
お前にも一つや二つはあるだろ。その人との楽しかったこと、その人を傷つけてしまったこと、もうどうしようも出来ない過去が」

 

彼は続けた。
「ここの岩きれいだろ。花を養分に成長するんだよ。自分が投げ捨てた思いが昇華しているようで、少し気分が晴れるんだ」


彼はぼくらに花かごを渡し、「きみも投げるかい?」と聞いてきた。

ぼくは遠慮して、この場を去った。

 



ガラクタの山

No.2 ガラクタの山

 

雲より高くガラクタが積まれた山があった
誰かが捨てたゴミの山と言うより、物たちが意志を持って集まったように感じた。

そのせいか、人の気配は全く無いが、不思議と活気に満ちていた。

 

夜になると、本物ではない小さな月や星が光り出した。
あれらが何なのか、近寄ってみても分からなかったが、なんだかみんな楽しそうだった。

 

少しだけ、羨ましかった。

 

次の場所へ進もうとすると、アヒルがガラクタを持てるだけ背負ってきた。
ぼくは「戻しておいで」とだけ言った。

 



夕日を連れていく船

No.3 夕日を連れて行く船
 
あの船が水平線を渡ると、太陽も一緒に移動していく。
なんて事のない普通の船なのに、どうしてか太陽を連れて行ってしまう。

 

人が乗っていることもあるようだ。
けど、夕日や船と共に水平線に沈むと、それっきり姿を見かけないらしい。

 

それでもあの船は、ここら辺の人々に愛されている。
きっとぼくにはわからない何かがあるのだろう。
 



キノコの町

No.4 キノコの町

 

七色に輝く小さな町を見つけた。
お祭りでも開かれているのだろうか?と思い近寄って見た。
だが、そこにいたのは人ではなく、大小さまざまなキノコだった。

 

もう人がいなくなって、長い時がたっているのだろう。
建物は崩れ、路上は草で覆いつくされていた。
人がいなくなったからキノコが来たのか、キノコに浸食されて人がいなくなったのか。
どちらかはわからないが、ここにいるキノコたちはとても生き生きとしていた。

 

キノコは七色に光を放っていた。
キノコのための、キノコだけのお祭りのようだった。

 

ぼくは祭りには参加せず、胞子を吸わないよう口をふさいだ。



黒い森と黒い蝶

No.5 黒い森と黒い蝶

 

黒一色の森に迷い込んでしまった。
ここにあるのは炭のような真っ黒な巨木と、カラスの羽のような真っ黒な草々だけ。
どこを歩いているのかさっぱりわからない。

 

どうしたもんかと途方に暮れていると、目の前を何かが通り過ぎた。
それも相変わらず黒くて一体何なのかわからなかったが、それが通り過ぎた後が星空の色に輝いていた。

 

ぼくは思わず輝きを追って上を見ると、黒い蝶の大群が銀河の色をした鱗粉を散らしながら、空へ空へと飛んでいた。


天の川がそこにあった。

 

星のないこの世界で、ぼくが最初に見た星空だった。


それはとてもきれいで、ぼくは確かに見入ってしまったのだが、でもこれは本物じゃないんだなと考え少し寂しくなった。

 

ぼくらは蝶に導かれ、森の出口へとたどり着けた。
きっとここにはもう、二度と来ないだろう。

 

ぼくはそんなに強くはない。

 



廃墟の山

No.6 廃墟が積まれる場所

建物が集まっている場所を見つけた。
そこではもう誰にも使われなくなった廃墟たちが、ひっそりと集まり山を作っていた。

山はとても高く、頂上は空に霞んで見えないほど。

誰からも見向きもされなくなった寂しさから、彼らは群れることを選んだのだろう。
例えそれが一時しのぎの気の紛らわしだったとしても。

きっとこの山は、これからも増えていく。
空を超える日も、そう遠くはないだろう。

 



夜空が好きだった人がいた場所

No.7 星を求めた人の部屋で

荒れた家だった。
壁は崩れ、部屋は植物の温床になっている。

部屋の壁には月の絵が描かれ、床には天球技や望遠鏡がほこりをかぶっている。
天井からは星型のランプが明かりを灯していた。
部屋に散らばった本たちも、どれも宇宙や星に関するものばかりだった。

この部屋の主だった人は、ぼくと同じように星を強く追い求めていたのだろう。
ぼくは星を求めて旅に出たが、ここの人は星を見ようと研究をしていたようだ。

彼はどこに行ってしまったのだろうか。


壁にあいた穴から夕日が沈んでいくのが見えた。

 



月に咲いたネモフィラの花

No.8 月に咲いたネモフィラの花

時々、夜中になると言葉に出来ない懺悔が襲ってくる。

それは自己嫌悪だったり、もう会えない人への伝えられない謝罪だったり、とにかく今までの不義不道徳が頭を包み込んで、泣きたいのをぐっとこらえる。

あの時ああすればよかっただろうか、ぼくはあの人を傷つけてしまったのではないだろうか。

もう取り返しのつかない過去ばかり、次々と波のように襲ってくる。

自分で自分のことがたまらなく嫌いになるそんな夜、時々月に花が咲く。

それはネモフィラの青い花。

花言葉は「きみを許す」。

月がぼくごときに愛をささやくわけなんてない、それは分かり切っている。

でもぼくは、ほんの少しだけ心が軽くなっていく。

 



赤い風船を飛ばして

No9. 午前3時の屋上で

午前3時の屋上で、赤い風船を飛ばした。

風船には、白い花をくくりつけた。

ぼくは非力で、なんの役にも立たないやつだけど、

これを拾った誰かが、少しでも幸せになってくれるよう祈って。

 



洞窟のきみ

No.10 洞窟のきみ

深い深い洞窟の奥で、花に囲まれたきみを見つけた。

きみは静かにそこにいた。

ぼくは青い花の冠を作り、きみへ捧げた。